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見応え満載 前進座「花こぶし−親鸞聖人と恵信尼さま−」 


 現在、親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年を記念して、舞台公演『花こぶし 親鸞聖人と恵信尼さま』が全国で上演されています。前進座は、これまでも浄土真宗にかかわる演目を多く世に出して下さっています。私もこれまで「法然と親鸞」「蓮如−われ深き淵より−」「如月の華−九條武子ものがたり−」を京都や大阪の劇場で鑑賞したことがあります。

 「本願寺新報」などの広告で、二月末、この公演が京都劇場で行われることを知り、その初日午前の部に行ってきました。ネットで取った座席は「A列の17番」大ホール最前列の中央、まさに「かぶりつき」ここが良かったのかどうか分かりませんが、舞台全体を一視野に入れることはできませんが演者の表情、所作はよく見えます。着物の擦れ合う音まで聞こえます。

 お話は大正10年に西本願寺の宝庫から発見された「恵信尼消息」をベースにした構成です。この御消息10通は京都で父親鸞聖人を支え、看取った末娘覚信尼に届けられたお手紙で、自らの家族を語ることの無かった親鸞聖人の素顔やお人柄を知るとこができる一級の資料と評価されるものです。ここには越後で所領を守りながら子どもや孫の面倒をみて暮らす老齢の母恵信尼の日常も書かれています。

 この演劇のチラシには「弱き者、貧しき者をこそ救わんと 道を照らした親鸞聖人とその妻恵信尼の、慈しみの絆の物語」と宣伝していました。内容はこれに違わぬ展開で、二幕13場、幕間の休憩を除けば一時間半、まことに充実した時間でした。
 第一幕第一場で、「親鸞聖人正明伝」にある「赤山明神で比叡山延暦寺の堂僧範宴(後の親鸞聖人)との若い女性とのであい」(女性が比叡山が女人禁制であることの異議申し立て)を連想させる幕開けで、この女性がお若い恵信尼さまであると設定されていることは驚きでした。
 第二幕第二場では、京都に戻った親鸞の元に一人の武士が訪ねてきて、戦から逃げる途中、要らぬ殺生をしてしまった事を悔いて死を覚悟します。親鸞は彼に共に念仏を称えながら生きていこう、と手を差し伸べます。そして、戦がどれほどの人の心をむしばむものか、戦はしてはならぬこと、と恵信尼と確かめ合います。
 またこの場では恵信尼が聖人、覚信尼と離れて越後に居を移す決断の理由を越後の所領の管理を任せていた長女「小黒の女房」が病を得て、その子どもたちの養育にあたらねばならないとされていたのは初めて聞いたお話でした。確かに恵信尼消息には、「小黒の女房」が亡くなっていることが記されていますが、この理由の当否は私には分かりません。
 第二幕第三・四幕ではこれまであまり知られていない越後での恵信尼さまの暮らしが描かれているのも興味深いところです。

 生の公演ですので、写真撮影は御法度、劇中の印象深い場面を何年か前に訪ねた愛知県日進市にある宗教公園「五色園」の塑像写真でご紹介します。















































 高田本山に御真筆が伝わる御消息「たかたの入道殿御返事」に門弟に対し聖人は「かならずかならず一ところへまいりあうべく候う」と記されます。この劇中でも恵信尼さまは、お念仏を喜ぶ二人がどこで命終しようと御浄土で必ず会わせていただくことは阿弥陀さまがお誓い下さっていることと確信されています。お二人の心の絆は時空を超えています。

 この演劇は、「恵信尼消息」「御伝抄」の他、聖人にかかわる様々な伝承を踏まえ見応えのある演劇に仕上がっています。私は一住職としてみなさまにこの鑑賞を強くお勧めします。 9月には大阪の国立文楽劇場で最終公演があります。

                南無阿弥陀仏   南無阿弥陀仏

                               三宝寺住職 湯川逸紀







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